(最終更新日:1月8日)
2026年2月5日 品川シーズンテラスカンファレンス
妊婦・授乳婦に対する薬物療法の最適化は、医薬品開発および適正使用の観点から重要な課題である。特に、薬物の乳汁移行性に関する情報は、授乳期における薬の安全性評価やリスクコミュニケーションに直結するが、ヒトのデータの取得には倫理的・実務的制約が多く、体系的な情報は限られている。薬の乳汁/血漿濃度比(milk-to-plasma ratio:M/P比)は乳汁移行性評価の指標の一つであり、これまでも予測モデルの構築が試みられてきたが、評価条件の不均一性や能動輸送の関与など臨床応用にはなお課題が残されている。
我々は、ADMET Predictor® および ADMET Modeler™ を用いて、定量的構造活性/物性相関(QSAR/QSPR)および機械学習手法による M/P 比予測モデルを構築した。既報文献から収集したデータに対してキュレーションを実施し、ヒトにおける産後7日以降の成乳データで、かつ AUC(area under the curve)に基づいて評価された化合物のみを対象とした。人工ニューラルネットワークおよびサポートベクターマシンの2種類の機械学習アルゴリズムを用い、M/P 比が1を超えるか否かを判別する二項分類モデルを構築した結果、いずれのモデルにおいても良好な評価指標が得られた。
本研究で構築した QSAR/QSPR アプローチに基づく予測モデルは、脂溶性やタンパク結合率といった物理化学的特性に加え、化合物の構造的な特徴を踏まえた予測ツールとして、開発初期段階における乳汁移行性のスクリーニングや、授乳期の薬物療法の適正化に寄与すると考えられる。
本発表では、薬物動態解析ソフトウェア Monolix の非臨床段階における活用例について、以下2点を報告する。(1) 非臨床試験における母集団薬物動態解析の適用例、(2)Lukacova 法を用いたヒト分布予測精度。
(1) データの質・量に応じて、モデル解析手法(平均値解析、母集団薬物動態解析)によって得られるモデルパラメータに差が出ないかについて、公表論文及び仮想データを用いて検証した。その結果、解析するデータの質・量及び解析手法によって、得られるモデルパラメータに差が生じることが示唆された。本発表では、どのような条件・場面で Monolix による母集団薬物動態解析を適用することが望ましいかについて報告する。
(2) PBPK モデル構築において、Rodgers and Rowland 法や Lukacova 法で予測可能な分布容積に対して、Kp scalar 等による補正が施される場合がある。補正無しで良好な予測精度が達成できるとする報告がある一方で、補正が必要と主張する報告もある。本検討では、補正を行わない条件で、どの程度の予測精度が得られるかをより詳細に評価した。まず、市販医薬品 66化合物について、静脈内投与時のヒト血漿中濃度推移が記載された原著文献のデータを収集し、1-または2-コンパートメントモデルに当てはめ、各化合物の V1、Vz、Vdss を算出した。次に、Lukacova 法で算出した Kp 値を用いて PBPK モデルを構築し、構築した PBPK モデルを用いて血漿中濃度推移をシミュレーションし、得られた血漿中濃度推移から同様に V1、Vz、Vdss を算出した。本発表では、補正無しの分布容積予測の予測精度について報告する。
抗菌薬は市販後,耐性菌の監視が必要な薬物である。現在,国内で使用されている抗菌剤の多くは2000年以前に販売されたものであることから,その多くは販売時に PK-PD 解析が実施されずに使用されている状況にある。また,小児への投与量設定においても同様なことがいえる。これらのことが,耐性菌発現にブレーキがかからない要因の一つとして考えられる。
そこで,操作方法が簡易な Monolix が広く使用されれば現状打破のツールになりうると考え,市販薬で既に NONMEM で解析している小児用オゼックス細粒のデータを用いて解析を試みた。まず,NONMEM で実施した小児試験データの解析を Monolix でも実施して類似性を確認した。次に,成人試験データで小児試験の投与量が決定できるかを解析した。
その結果,NONMEM と同様な結果が得られ,小児試験の投与量の設定もできた。さらに,Monolix が解析ソフトウエアとして以下の多くの有用性が得られることが明らかとなった。
・プログラミングをせず GUI (Graphical User Interface) で実施できる。
・PROPOSAL 機能で簡単に短時間にモデル構築ができる。
・現在では普通に行われている Boot-strap や Visual Prediction Check (VPC) のモデル評価法が同一ソフトウエア内で簡単にできる。
以上の結果から,解析に要する労力・時間が飛躍的に改善され,新薬開発時のツールとしてのみではなく,過去公開データの有効活用や既存試験データの再利用,そして,開発後に追加された MIC データの使用による PK-PD 解析が可能となることがわかった。
癲癇(てんかん)の治療には抗癲癇薬が広く使われていますが、治療を続けるうちに薬の効果が弱くなる「薬剤耐性」が高い確率で起こることが知られています。興味深い点として、この薬剤耐性は、薬の血中濃度が大きく変わらなくても生じる場合があります。
この背景から、薬の効き目そのものに関係する「脳内の作用点」に変化が起きているのではないかと考えられています。本研究では、脳の興奮を抑える働きをもつ GABAA 受容体に着目しました。GABAA 受容体は複数種のサブユニット(α、β、γ など)から構成されており、その組み合わせによって薬への反応性が変化することが知られています。
一般的な抗不安薬・抗癲癇薬であるベンゾジアゼピン系薬は、特定のサブユニット構成をもつGABAA 受容体に強く作用します。そこで、癲癇の進行や薬の繰り返し投与によって、GABAA 受容体のサブユニット構成が変化し、薬が効きにくいタイプの受容体が増えているのではないか、という仮説が立てられました。
しかし、脳を取り出して解析する方法では、生体内(in vivo)で起きている時間的な変化を正確に捉えられない可能性があります。そこで本研究では、癲癇モデルラットにサブユニット特異的な薬剤を投与し、脳波(β波の発現頻度)の変化を指標として、PK/PD解析を行う手法が用いられました。
発表では、
・神経ステロイドである Alphaxalone をラットに静脈内持続投与した際に観察された、特徴的な脳波の変化
・血中濃度と薬効の時間的ズレ(ヒステリシス)を説明するために構築した Mechanism Based PK/PDモデル
・NONMEM で構築したモデルを Monolix へ移植し解析した具体例
について、演者が Leiden/Amsterdam Centre for Drug Research において M. Danhof 教授にお世話になった当時の研究背景も交えながら紹介します。
PK/PD 解析や Monolix をこれから学ぶ方にとって、「なぜモデル解析が必要なのか」「観測データから何が読み取れるのか」をイメージしやすい内容となっています。
薬物動態の数理モデル解析は、今や様々な創薬ステージにおいて、様々な用途で用いられる汎用技術になりつつある。現在では、様々な数理モデル解析を支援するソフトウェアも多数開発され、薬物固有の速度論パラメータやヒト固有の生理学的パラメータに関するデータベースを予め搭載するものも多く、ともすれば、モデルの利用者があまりモデルの構造などについて理解していなくとも、数字を入れて実行すれば、とりあえず何か結果が出てしまう状況にある。しかしながら、正しいモデル解析を遂行するためには、モデル構造の意味や個々のパラメータ設定根拠、モデルに含まれる仮定やモデルで説明可能な limitation 等一連の理解が必須となる。
本講演では、基本に立ち返って、薬物動態の予測するための数理モデル解析の目的、モデル構造を構築する際の留意点、パラメータ設定手法と長所・欠点、モデルから得られる結果の解釈などについて注意が必要な点について解説したいと考えている。その中で、複雑な数理モデルにおいて、限られた臨床データを説明可能なモデルパラメータのセット候補は一つではないと考えられる。そこで、これまで我々が旧東工大との共同研究の中で構築してきた、恣意性なく多数の未知パラメータ候補を同時に探索可能なアルゴリズム Cluster Newton 法、Cluster Gauss-Newton 法の有用性についても触れたいと考えている。
創薬研究においてデータサイエンスや機械学習に期待される役割は, 人間の知的活動を単に自動化・効率化することにとどまらず, ヒトには直接扱いきれないスケールや時間軸を取り込むことで, 意思決定の前提そのものを拡張する点にある。特に Model-Informed Drug Development (MIDD) の文脈では, 実験・臨床・文献・特許といった多様な情報源を横断的に統合し, 研究開発の方向性を中長期的視点から捉えることが重要となる。我々はこれまで, 医薬品関連データのパターン認識を通じてヒトの認識限界を拡張する研究に取り組んできたが, 本講演では認識の対象を静的構造から時間的文脈へと移し, 過去の知識蓄積から創薬研究の将来像を俯瞰的に捉える試みを紹介する。
具体的には, SureChEMBL に基づく特許文献由来の大規模化合物データを用い, 特許の出願・公開年を化合物の出現時期を近似する時間ラベルとして定義し, 化学空間の長期的な変遷構造を解析した。医薬品承認年や論文発表年に依存した従来指標と異なり, 本枠組みは約200万規模の化合物を対象に, 構造・物性・フラグメント・スキャフォールドの変化を体系的に記述することを可能にする。本研究は, 創薬における化学空間を静的な集合としてではなく, 時間的文脈を伴う対象として再解釈するものであり, MIDD における予測的理解を支えるデータサイエンス活用の一例を提示する。
【背景・目的】 Model Informed Drug Development(MIDD)は薬物動態(Pharmacokinetics:PK),薬物や生体内物質の作用メカニズムに基づいた薬力学(Pharmacodynamics:PD),さらには有効性・安全性のエンドポイントに対して,数理モデルを用いてこれらの推移,関係性を数式化し,医薬品開発の意思決定(=Model Informed)に用いる開発戦略である。製薬協の本タスクフォースでは,国内における医薬品承認申請時の MIDD 利用に関する動向を把握し,その課題を整理する目的で,国内で承認された医薬品を対象に MIDD の活用実態を調査した。
【方法】 製薬協が作成した承認取得品目データベースを基に,2020年1月から2022年3月の間に国内で承認された品目を対象とし,医薬品医療機器総合機構(PMDA)が公開している承認情報[審査報告書及び申請資料概要(CTD)]を調査し,MIDD の活用に関する情報を確認した。承認情報内に十分な情報が記載されていない場合,公表論文,海外規制当局への申請資料(Health Canada)及び海外規制当局による Assessment report(EMA及びFDA)を参照した。
【結果・考察】 調査対象期間に国内で承認された医薬品は計321品目であり,その約1/2で何らかのモデル解析が活用され,また約1/4でモデル解析を用いた用法用量の選択・変更が行われていた。MIDD 活用事例を複数の観点から分析した結果,以下の知見を得た:
・ 主な用途:開発相間(特に次相で前相と異なる用量を用いる場合)や特殊集団の用量最適化に寄与している。一方で,申請用法用量を第III相試験用法用量から変更する場合は当局に受け入れられない事例もあった。希少疾患や特例承認などの特殊な条件下では,モデルからの予測結果が臨床データの代替として用いられた事例があった。
・ 疾患領域による違い:中枢神経系(CNS)領域での利用頻度が高い。また,オンコロジー領域では特に分子標的薬で MIDD の利用頻度が高い。加えて,希少疾患において MIDD の利用頻度が高く,当局に受け入れられた割合も高い。
・ 日本人データ利用:多くのの解析で日本人データが含まれていたが,特に次相試験の用法用量策定時の解析に日本人データが含まれていないケースが散見された。
本調査対象は約2年間に国内で承認された品目を対象としており,得られた結論も限定的ではあるが,特に MIDD が有効に活用できる場面について,整理した情報を提供できたと考える。個別の事例では,品目固有の臨床データだけでは不十分な情報を他剤や非臨床,公表データを活用したモデル解析によって補完し,MIDD が意思決定において重要な役割を果たした事例も確認された。また,今回の調査には含まれなかったが,今後は機械学習・AI や Real world evidence を組み込んだ MIDD の登場も予想され,MIDD 活用の更なる進展が期待される。
医薬品の研究開発は不確実性が高く,開発成功確率の低下や開発コストの高騰が大きな課題となっている。これらの課題を解決するための一助として研究開発の様々な場面で数理モデルを用いたシミュレーション(Modeling and Simulation:M&S)が活用されている。Model Informed Drug Development(MIDD)は,薬物動態(Pharmacokinetics:PK),薬物や生体内物質の作用メカニズムに基づいた薬力学(Pharmacodynamics:PD),さらには有効性・安全性のエンドポイントに対して M&S を適用し,開発過程での定量的な意思決定に用いる開発戦略であり,製薬企業及び規制当局双方の意思決定を支援するために活用されている。MIDD では,mechanistic モデルや empirical モデルなど目的に応じて様々なモデルやソースデータ(臨床,非臨床,パブリックデータなど)が使用されており,計算機性能やデータサイエンスの進展に伴い,それらの種類も多様化している。近年,FDA(米国)や EMA(欧州)などの海外規制当局に加え,日本においても MIDD に関連するガイドラインが発出されており,さらに国際調和のための ICH において M15 としてパブリックコメント募集の段階に至っており,本格的に産官学による MIDD の議論が活発化することが予想される。
George Box 氏の有名な言葉”All models are wrong, but some are useful”にあるように,数理モデルを有効活用するためには,その目的と限界を明確にし,モデルによる予測に対する信憑性を適切に評価することは,医薬品開発及び承認審査で MIDD を活用する際の重要なプロセスの一つと考えられる。上述した ICH M15 においてもこのモデルの信憑性(credibility)の評価が主要な焦点の一つとなっており, 特に昨今の計算機性能の急速な向上に伴い,MIDD で使用されるモデルの規模と複雑さが増していくこと,及び高度なモデルの使用により医薬品開発及び承認審査での MIDD の活用機会がさらに増えるであろうことが予想される。そのため,モデルの credibility 評価は今後の MIDD の発展において極めて重要となる。
今般,製薬協データサイエンス部会 2024・2025年度継続タスクフォース4(MIDD タスクフォース)では,医薬品開発における Model Credibility 評価に関する報告書を作成した。報告書では,FDA と EMA の White paper にて提案されている credibility 評価のフレームワークと,その中で使用される用語について解説した上で,これまでに FDA により credibility 評価が実施された品目の事例調査を通じて,credibility 評価の考え方について考察した。本発表では、その内容について紹介する予定である。
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